
角館の桜は、5月のゴールデンウィークの頃が見ごろです。
この町は、樅の木やしだれ桜の大樹に包まれたまるで森の中の町です。
町の起こりは 佐竹氏の弟の芦名氏が枝城として角館城を築いたのが始まりとされています。芦名氏滅亡は、城主の佐竹義明氏は妻を、京の三条西実号(さねな)の娘を迎えました。彼女は嫁ぐ時、しだれ桜の苗木を持参しこの地に植えました。京の町なみを偲ぶ女心でしょう。そして3百年あまりの歳月を経て、今の角館は、しだれ桜の並木が天然記念物に指定され多くの人々に愛されるようになっています。
5月上旬の開花期、初夏の新緑、秋の楓の葉、それぞれの季節ごとに樹齢300年を越える大木の圧倒的に景観は、とても住宅街とは思えない比類の美しさがあります。この自然林の樹帯は、防風林として、防雪林として、さらにモミの屋敷樹は火除け用として意義があります。
角館は武家屋敷(表町)と町人町(東勝楽町)に二分され、東西1.5km程の中央に武家町は幅11m、町人町は幅6mのみちがあります。そしてこの武家町と町人町の境には幅21mの「火除く」と呼ばれる防火用の空地が設けられ高さ3mの土塁を築き防火区画としていました。
その街区の整備は現在も立派に機能しています。武家屋敷として、藩政時代の建築様式を今に伝えている家屋に、石黒家、旧青柳家、岩橋家、河原田家、小野田家等があり公開されています。
この町の意匠を特徴的にまとめているのに、自然樹林と広いみちの他に、低めにおさえた黒い板塀があります。
板塀の形式は、簓子下見塀(ささらこしたみべい)か縦板塀です。門は家の格式により、薬医門、腕木門、塀重門が建てられ、その門に続く板塀には、格子付きののぞき窓がついています。この窓を武者のぞきと称し、内側には、すだれを取り付けたものもあります。
高木の麓に水平線としての黒い板塀は、町なみや日本建築と調和し、そしてモダンな色彩でもあります。
高さ1.5m位の直線的な板塀は、自然樹林帯の中に一本の人工的、幾何学的なランイを加えこの素材感、控え目な寸法、そして色彩は自然の一部として人がくらしを営むつつましやかな姿勢を表しているようでもあります。
そして、黒い板塀に、ピンクの桜が垂れ下がった時、赤い蛇の目の和傘が開いた時、黄や白、色とりどりのレンタルサイクルに乗った、外国人観光客が通りすぎた時、笠木に白い雪がこんもりと積もった時、町はアートとなり、伝統的町なみが、現代的デザインともなり、本物の良さ、伝統の良さを教えてくれる素敵なまちです。
