Drea0 お善鬼様の伝説 白馬・青鬼集落/日本まちなみ探訪記 / ガーデンプラット

日本まちなみ探訪記

お善鬼様の伝説 白馬・青鬼集落

01松本からのどかな安曇野の高原を通り、北へ昇ると青木湖のあたりで高瀬川が姫川に変わる附近で分水嶺となり、流れは日本海へと流れを変えます。糸魚川まで約30kmのところに白馬村はあります。

白馬はアルプスの町と称されるように雄大な白馬連峰のパノラマを身近に仰ぐことができます。白馬は冬期オリンピックの開催地でもあり、交通の便もよく多くのスキーゲレンデや別荘地があります。八方ゴンドラではリフトを乗り継ぎ標高1830mまで登り、万年雪の白馬大雪渓遊歩道へ気軽に行くことができます。

02ゲレンデなどの多い白馬の町から姫川を挟んだ対岸の南斜面の山裾に「青鬼集落」があります。青鬼集落へ行くには、白馬からさらにJR大糸線沿いの国道148号線を北へ、姫川第2ダムの東岸を川に落ち込む山肌の急斜面を上ります。
一車線の狭い路を喘ぎながら2km程登りついたところが青鬼集落の入口です。戸数14戸のみの集落です。江戸末期から明治初期に建てられたものでその頃の土蔵、倉が8棟残されており、重要伝統的建造物群保存地区に指定されております。青鬼集落の東側には、物見山や八方山があり、背後の北側には、岩戸山(1356m)があり南から西に開け日本アルプスの山々を眺望できる明るい集落です。

集落内には、縄文時代中期・後期の善鬼堂遺跡・番場遺跡があり古くから人々の生活の場であったことがうかがえます。1860年頃3kmに及ぶ「青鬼上堰」開削が行われ水田が開かれました。

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★保存地区内には、平屋の建物と表側に中2階を造る建物があります。主屋は茅葺き(現在は鉄板被覆)の大型の民家で、現在も居住されています。これらの民家の特徴は、正面の軒を”せがい造り”とし、特に中2階の建物では、屋根の正面を”かぶと造り”にして、2階の壁面を白壁と化粧貫の意匠で統一しています。又、伝統的な土蔵、蔵が7棟あり、これらは、火災を考慮し主屋からは少し離れて建築されています。

集落の上部には、青鬼神社ががあり、又、集落の周りには「向麻石仏群」、「阿弥陀堂石仏群」など多くの石仏・道祖神があり、この地域独特の景観を造りだしています。

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左の写真は青鬼集落の棚田から見た白馬の町なみです。

この附近の棚田は特に美しく、日本棚田百選にも選定されています。

06 ★ 白馬は、松本から日本海側の糸魚川にかけて、かっては「塩の道」(千国街道)と呼ばれた沿道です。全長約120kmに及ぶ塩の道は、かつて番所が置かれた千国から親ノ原の近くの松沢にかけて石畳の道や石仏など街道の跡がよく残り、千国の源長寺から松沢までの6kmがハイキング道として整備されています。牛方宿や牛つなぎ石など往時の塩輸送の様子がうかがわれます。JR南小谷(おたり)駅近くには小谷村郷土館があり、街道関係の資料も多く保存展示されています。

お善鬼様伝説

青鬼集落は白馬村の北東端の岩手山の山腹に位置する農村集落で、この岩手山の東には戸隠村、鬼無里村があります。鬼の居ない鬼無里村に鬼のような大男がやってきて村人たちを苦していたため、村人はこの大男を岩手山の底なし穴に閉じ込めたそうです。その後一人の旅人が村に来て戸隠に鬼のような大男が来て村人を助けて喜ばれていると伝えたことから、穴を通じ戸隠の下を通ったときに魂が入れ替わったのだろうと思い、この鬼のような大男をお善鬼様としてあがめる様になったとのことです。

青鬼集落にはこのお善鬼様を祀る神社があります。青鬼はここでは「あおおに」とは呼ばれず、「あおに」としています。後から漢字で「青鬼」と表示するようになったのかも知れません。

交 通:JR大糸線白馬駅下車 車で約30分
所在地:長野県北安曇郡白馬村青鬼

自己紹介タイトル

増田先生

  • 住まいとまちなみ研究所 代表
  • 一級建築士

主eeな著書

  • 日本の町なみデザイン
    グラフィック社
  • 都市環境デザインの仕事
    学芸出版社(共著)
  • エクステリアプランナーハンドブック
    建築資料研究社(共著)他

主な受賞

  • まちづくり設計競技”特選”建設大臣賞受賞2回

ホームページ

世界の民族住まいとくらし

手描きイラストによる植木図鑑

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